住宅価格の高騰、駅前の土地争奪、そして増え続ける空き家、マンション再開発の難しさと待ち受ける大相続時代――。
私たちの都市と住宅は、今、大きな転換期を迎えています。
この複雑な課題を乗り越え、誰もが豊かに暮らせる未来を築くために、何ができるのでしょうか?
この記事では、家を探す「個人」、不動産開発を担う「デベロッパー」、実際にプランニングを行う「都市計画家」、そして個別の建物を設計する「建築士」、制度を作り運用する「行政」という4つの立場から、それぞれの役割と具体的な行動を考えます。
第1章:家を探す「個人」ができること ~賢い選択と住まい方の創造~
役割:自身のライフスタイルと将来設計に基づき、最適な住まいを選択し、実現すること。市場の変化を理解し、賢く行動する主体。
- 「新築・駅近至上主義」からの脱却
- 視野を広げる: 都心や駅近の新築だけでなく、中古物件や駅から少し離れたエリアも検討対象に。郊外の戸建て住宅地にも目を向けてみましょう。野澤教授の指摘する「交通至便の戸建て」が、新たな選択肢になるかもしれません。
- 価値観の多様化: 価格だけでなく、広さ、静けさ、緑の多さ、地域のコミュニティ、リモートワークのしやすさなど、自分にとって本当に大切なものは何かを見つめ直すことが重要です。
- 既存ストック(中古・空き家)活用の検討
- リノベーションという選択: 中古戸建てやマンションを購入し、自分好みにリノベーションする。新築よりコストを抑えつつ、理想の空間を実現できる可能性があります。「部分耐震化・部分断熱化」のような段階的な改修も視野に入れましょう。
- 空き家バンク等の情報活用: 自治体やNPOが運営する空き家バンクをチェック。掘り出し物の物件や、地域活性化に関わるチャンスが見つかるかもしれません。相続発生が見込まれる住宅の情報にもアンテナを張りましょう。
- 将来を見据えた「可変性」の重視
- ライフステージの変化に対応: 家族構成の変化(結婚、出産、独立など)や働き方の変化(テレワーク、起業など)に対応できる間取りや広さ、立地を選ぶ。将来的に間取り変更がしやすい構造かどうかもポイントです。
- 資産価値の維持・向上: 将来的に売却や賃貸に出す可能性も考慮し、メンテナンスのしやすさや地域全体の将来性も視野に入れる。極端な狭小住宅や、管理が難しい区分所有形態の物件は慎重に検討しましょう。
- 情報収集と専門家の活用
- 制度・補助金の確認: リフォーム補助金、住宅ローン減税、空き家活用支援策、建て替え時の解体費用加算措置など、利用できる制度を積極的に調べる。国の「子育てグリーン住宅支援事業」のような新しい制度もチェックしましょう。
- 信頼できる専門家への相談: 不動産仲介業者、建築士、ファイナンシャルプランナー、都市計画に詳しい専門家など、各分野の専門家に相談し、客観的なアドバイスを得る。
第2章:不動産「デベロッパー」ができること ~新たな市場開拓と持続可能な開発~
役割:市場ニーズを捉え、収益性と社会性を両立させる不動産開発を企画・実行すること。都市再生の担い手として、新たな価値を創造する主体。
- 開発エリアの多角化と「面的再生」へのシフト
- 駅前集中型からの脱却: タワーマンション建設中心の駅前再開発だけでなく、相続で空き家が増加する戸建て住宅地の再生事業にも注力する。
- 生活圏全体の価値向上: 個別の開発だけでなく、周辺の公園整備、商業施設誘致、モビリティサービス導入など、エリア全体の魅力を高める「面的再生」の視点を持つ。
- 既存ストック活用ビジネスの本格展開
- 戸建て住宅の買取・リノベーション再販: 相続が発生した戸建てや空き家を買い取り、現代のニーズに合わせたリノベーションを施して再販・賃貸する事業モデルを確立する。
- 多様な用途転換の企画・開発: シェアハウス、コワーキングスペース併設住宅、サービス付き高齢者向け住宅など、戸建ての特性を活かした多様な用途への転換を提案・実行する。
- 「可変性」と「維持管理の容易さ」を重視した商品企画
- 将来の変更に対応しやすい設計: ライフスタイルの変化に合わせて間取り変更がしやすい構造や、メンテナンスコストを抑えられる建材・設備を選定する。野澤教授が指摘する「多数の所有者により共有化・区分所有化された空間」のデメリットを意識し、将来の合意形成リスクが低い開発を心がける。
- 解体・再利用しやすい建物の研究開発: 将来世代の負担を軽減するため、解体や部材の再利用が容易な建築技術や工法を積極的に採用する。
- 官民連携と地域コミュニティとの共創
- 自治体・地域住民との連携: 都市計画事務所や自治体と連携し、地域課題の解決に資する開発を推進する。住民の意見を開発プロセスに取り入れ、地域に愛される「まちづくり」を目指す。
- 新たな事業スキームの構築: 地域のNPOや地場企業と連携し、空き家活用や地域活性化に繋がる新しいビジネスモデルを共創する。
第3章:「都市計画家(行政・コンサルタント等)」ができること ~持続可能な都市構造への転換と仕組みづくり~
役割:都市全体の将来像を描き、その実現に向けた政策立案、制度設計、合意形成を行うこと。公平性と持続可能性を担保する調整役。
- 都市政策のベクトル転換:「都市再生」から「生活圏の再生」へ
- 拠点集中から面的整備へ: 駅前など特定エリアの再開発に偏重せず、市民が実際に住む住宅地全体の生活環境向上に力点を置く。
- 生活インフラの維持・再編: 病院、スーパー、学校、公園などの生活インフラを、人口動態や地域特性に合わせて計画的に配置・再編する。老朽化した道路・上下水道管の重点的更新、防災対策の充実も急務。
- 戸建て住宅地の再生を促進する制度設計と誘導
- 空き家流通・活用支援: 相続発生後の住宅がスムーズに市場に出るための「住まいの終活」支援策の構築。既存住宅の活用における法的・金銭的ハードルの軽減(用途変更の規制緩和、部分耐震化・断熱化への支援)。
- 土地の細分化防止と質の確保: 狭小住宅のさらなる増加や土地の細分化を防ぐための対策(最低敷地面積の規制、容積率や高さ制限の見直しなど)。
- 解体費支援の充実: 既存住宅の解体費支援策を充実させ、新たな開発余地の創出を促す。
- 「可変性」を重視した都市計画原則の導入
- 将来の変更を許容する都市計画: 一度建てると変更が難しい大規模建築物や区分所有マンションのあり方を見直し、将来の社会変化や災害リスクに対応できる「可変性」を都市計画の基本原則とする。
- 多様な主体によるエリアマネジメント支援: 住民や民間事業者が主体的に地域の価値向上に取り組めるような仕組みづくり(エリアマネジメント団体の設立支援、活動資金の助成など)。
- データに基づいた現状分析と戦略的プランニング
- 相続発生見込み住宅のマッピングと分析: 野澤教授の分析のように、国勢調査データ等を活用し、地域ごとの相続発生見込み住宅の状況(戸建て・マンションの別、駅からの距離など)を詳細に把握する。
- 地域特性に応じた処方箋の策定: 例えば、横浜市やさいたま市のように駅徒歩圏外に相続発生見込み住宅が多い地域では、新たなモビリティサービスの導入や生活利便施設の再配置が重要になる。大阪市のように密集市街地内に多い
第4章:行政ができること ~都市全体の持続性と公平性を担う仕組みづくり~
役割:都市全体の持続可能性と公平性を担保し、民間・市民の行動を促す制度設計や支援を行うこと。都市政策の司令塔として、社会課題の解決をリードする。
1. 面的な生活圏再生への政策転換
- 駅前再開発偏重から、住宅地や生活圏全体の再生へと都市政策の重心をシフト。
- 生活インフラ(病院、スーパー、学校、公園など)の維持・再編や、老朽インフラの計画的な更新、防災対策の強化を推進。
2. 空き家・相続住宅の流通と活用の促進
- 「住まいの終活」支援窓口の設置や、空き家バンクの充実。
- 相続発生後の住宅が市場に流通しやすい仕組みづくり(登記・税制の簡素化、所有者不明土地対策など)。
- 空き家のリノベーションや用途転換への補助金・助成制度の拡充。
3. 既存住宅の解体・再生支援
- 解体費用やリノベーション費用への補助、税制優遇措置の導入。
- 狭小化や土地細分化を防ぐための最低敷地面積規制や建築基準の見直し。
4. 多様な住まい方・働き方への対応
- テレワークや多世代同居、シェアハウスなど新しい住まい方・働き方に対応した規制緩和やモデル事業の推進。
- 地域コミュニティやエリアマネジメント団体への支援。
5. データに基づく戦略的な都市経営
- 国勢調査や固定資産税データなどを活用し、空き家・相続住宅の発生予測や地域ごとの課題を可視化。
- 地域特性に応じた再生モデルや処方箋の策定と、官民連携による実践。
6. 官民連携・住民参加の推進
- デベロッパー、建築士、NPO、地域住民など多様な主体との協働によるまちづくりプロジェクトの推進。
- 住民参加型ワークショップや合意形成の場の設置。
まとめ:多様な立場が連携して都市の未来をつくる
都市の高コスト化や住宅難、空き家問題は、一つの立場だけでは解決できません。
個人は柔軟な発想と情報力で賢く住まいを選び、
デベロッパーは面的な再生や既存ストック活用で新たな価値を創造し、
都市計画家は都市全体の将来像と仕組みを見据えながら計画し、
建築士は個々の建物や暮らしに寄り添った再生・設計を担い、
行政は制度設計と支援で全体をリードします。
この5者がそれぞれの役割を果たし、連携することで、
「高コスト化を助長しない」「多様な選択肢と可変性を持つ」都市と住宅が実現します。
変化の時代こそ、立場を超えた知恵と行動が求められています。
あなたの一歩が、都市と暮らしの未来を変える力になります。
【参考】
野澤千絵「高コスト化する都市づくり、戸建て住宅地の再生を」日本経済新聞(2025年5月20日)