「君のその提案、君自身はそれに驚いてる?」
これは、私が学生時代に建築家の先生から投げかけられた、忘れられない言葉です。最初は意味がよく分かりませんでした。提案というものは、自分で考え、練り上げ、すべてをコントロールするもののはず。それに「自分が驚く」とは、一体どういうことなのでしょうか?
しかし、この言葉には、建築やデザインの世界だけでなく、あらゆる「創造」に関わる仕事や活動の本質が隠されています。今日は、この一見不思議なアドバイスの深い意味を、皆さんと一緒に探ってみたいと思います。
「つまらない優等生の答案」になっていませんか?
多くの人は、課題や問題を与えられたとき、次のように考えます。
- 課題を理解する(例:日当たりの良いリビングが欲しい)
- 論理的な解決策を探す(例:南側に大きな窓をつける)
- それを形にする(例:南向きに窓を配置した図面を描く)
これは非常に真っ当で、減点されることのない「優等生の答案」です。しかし、先生が求めているのは、この先にあるものでした。このアプローチから生まれるのは、予測可能で、ありきたりな答えだけ。誰も驚かないし、もちろん自分自身も驚きません。それは「作業」であって、「創造」ではないのです。
では、「自分もびっくりする」とはどういう状態か?
この言葉の核心は、「思考のジャンプ」が起きているか?という問いに集約されます。自分の論理的な思考のレールから一度飛び降りて、予想もしなかった地点に着地する感覚。それが「自分を驚かせる」ということです。
では、どうすればそんなジャンプが生まれるのでしょうか?それは、次の3つのステップから生まれます。
ステップ1:徹底的に潜る(リサーチと分析)
意外に思われるかもしれませんが、「驚き」は、天から降ってくる気まぐれなアイデアではありません。それは、徹底的なリサーチと分析という深い海に潜った者だけが見つけられる宝物です。
建築で言えば、ただ敷地の面積や法規制を見るだけではありません。
- その土地の歴史や文化
- 朝、昼、晩で光や風はどう動くか
- 住むことになる家族の、言葉にならない本当の願いは何か
- 周辺の街並みとの関係性
あらゆる情報を、自分の身体に染み込ませるようにインプットしていく。このプロセスは、答えを出すためというより、問題そのものと一体化するためのものです。
ステップ2:一度、ゴールを手放す
これが最も重要で、最も難しい部分かもしれません。私たちはインプットした情報をもとに、すぐに「正解」や「完成形」を思い描こうとします。しかし、その「こうあるべきだ」という固定観念が、思考のジャンプを妨げる最大の壁になります。
そうではなく、リサーチで得た断片的な情報を、頭の中で遊び心をもって組み合わせ、こねくり回してみる。目的を一旦忘れ、ただただその情報たちと対話する。
- 「この土地の傾斜と、クライアントの『本に囲まれたい』という願いを組み合わせたら?」
- 「夏の西日という欠点を、あえてデザインの主役にできないか?」
この「無目的な思考の散歩」こそが、新しい結合を生み出すための準備運動なのです。
ステップ3:「あっ!」という発見と統合
徹底的に潜り、ゴールを手放して思考をさまよわせていると、ある瞬間、バラバラだった点と点が一本の線で結ばれる瞬間が訪れます。
「そうか!あの光の入り方と、この素材の質感を組み合わせれば、クライアントが言っていた『静かな時間』が作れるじゃないか!」
この瞬間、自分の中から出てきたとは思えないような、しかし、これ以上ないほど腑に落ちるアイデアが生まれます。それは、論理的に積み上げただけの答えではなく、リサーチで得た無数の情報と、自分の無意識が化学反応を起こして生まれた「発見」です。
この時、作り手は心からこう思います。
「まさか、こんな形になるとは。自分でもびっくりだ!」
これが、先生の言っていたことの正体です。
なぜ「驚き」が重要なのか?
自分自身が驚くような提案には、単に「良いアイデア」以上の価値があります。
- 魂が宿る:それは、その土地、そのクライアント、そしてあなた自身の思考プロセスでしか生まれ得ない、唯一無二のものです。予測可能な答えを超えたところに、人の心を動かす「魂」が宿ります。
- 説得力が生まれる:自分が発見に驚き、興奮している時、その熱量は必ず相手に伝わります。なぜなら、その提案の裏にある膨大なリサーチと思考の旅路を、誰よりも自分自身が知っているからです。
- 自分を成長させる:毎回「優等生の答案」を書いていては、自分の思考の枠は広がりません。自分を驚かせる挑戦を繰り返すことでしか、クリエイターとして成長することはできないのです。
まとめ:自分でも予測できなかった『発見』を大切に
「自分の提案に、自分もびっくりすべき」という言葉は、「奇抜なことをやれ」という意味ではありません。
「課題と誠実に向き合い、深く思考し、その過程で生まれる自分でも予測できなかった『発見』を大切にしろ」
という、創造への真摯な姿勢を求めるメッセージなのです。
これは、建築家やデザイナーだけの話ではありません。新しい企画を考えるビジネスパーソンも、研究テーマを探す学生も、日々の料理に工夫を凝らす主婦(主夫)も、誰もが経験できる創造の喜びです。
次に何かを生み出すとき、ただ「正解」を目指すのではなく、ぜひ自分自身を驚かせる「発見」の旅に出てみてください。きっと、今までにない世界が広がるはずです。