シリーズ設計・計画のコツ(4) 建築設計が上手くなるには?──良い建築の本質を掴むための10の訓練

「もっと良い設計がしたい」
「自分のデザインに自信が持てない」
「アイデアが枯渇してしまった」

建築設計に携わる者なら、誰もが一度は抱える悩みではないでしょうか。有名建築家の作品を見ては溜息をつき、自分の才能の限界を感じてしまうこともあるかもしれません。

しかし、断言します。建築設計の能力は、才能だけで決まるものではありません。正しい方向性を持った、地道な訓練の積み重ねによって、誰でも飛躍的に向上させることができます。

この記事では、学生からプロの設計者まで、すべての段階で有効な「建築設計を上達させるための本質的な訓練」を、具体的な10のステップに分けて徹底的に解説します。小手先のテクニックではなく、あなたの設計者としての根幹を鍛えるための、いわば「体幹トレーニング」です。

目次

前提:設計が「上手い」とは何か?

本題に入る前に、そもそも「上手い設計」とは何かを定義しておきましょう。それは単に「奇抜な形」や「美しいパース」が描けることではありません。

真に「上手い設計」とは、以下の要素を高い次元で統合し、そこにしかない価値(コンテクスト)を生み出す力のことです。

  • 課題解決能力: クライアントの要望、法規、予算、敷地条件といった複雑な制約を解きほぐし、最適な解を導き出す力。
  • 空間構成力: 人の体験や感情を豊かにする、魅力的で機能的な空間を創造する力。
  • 構造・環境理解: 建て方を理解し、サステナブルで合理的な建築を実現する力。
  • 表現・伝達能力: 設計意図を他者(クライアント、施工者、社会)に正確かつ魅力的に伝える力。

これらの総合力が、あなたの設計の「上手さ」を決定づけるのです。では、その総合力をいかにして高めていくのか。具体的な訓練法を見ていきましょう。


1. 「観る」から「観察」へ──解像度を上げる訓練

すべての設計は、優れたインプットから始まります。しかし、ただ漫然と建築を見ていては、何も身につきません。重要なのは「観察」です。

  • 五感をフル活用する: 良い建築を訪れたら、写真だけ撮って満足してはいけません。床の素材の感触、光の移ろい、音の響き、風の抜け方、空間のスケール感。自分の身体を通して、その空間がどう体験されるかを全身で感じ取ってください。
  • なぜ?を繰り返す: 「なぜ、ここに窓があるのか?」「なぜ、この天井高なのか?」「なぜ、この素材を選んだのか?」設計者の意図を徹底的に推理します。答えはすぐに出なくても構いません。この「なぜ?」という問いこそが、設計者の思考をトレースする第一歩です。
  • 図面と実物を往復する: 雑誌やWebで良い建築を見つけたら、必ず図面(平面、断面)を探しましょう。そして、図面と写真を照らし合わせながら、「この線の1本1本が、あの豊かな空間を生み出しているのか」と、二次元と三次元を往復する思考を繰り返してください。この訓練が、あなたの脳内に膨大な「空間の引き出し」を作ります。

2. 手を動かし続ける──思考のエンジンを止めない訓練

PCの前に座ってうんうん唸っていても、アイデアは降りてきません。思考を止めないためには、とにかく手を動かすことです。

  • エスキース(スタディ)を軽視しない: 最初から完璧な案を出そうとしないでください。スケッチブックに、殴り書きでも良いので、考えうる限りの可能性を小さなスケッチで描き出します。コンセプト、ゾーニング、ボリューム、動線…。手を動かすことで、頭の中だけで考えていたときには見えなかった関係性や課題が浮かび上がってきます。
  • 模型を作る(思考の道具として): 模型はプレゼンテーションの道具である前に、最高の思考ツールです。簡単なスタディ模型で構いません。立体で考えることで、図面では気づかなかった光の入り方、視線の抜け、ボリュームのバランスを即座に検証できます。PC画面上の3Dとは違い、手で触れ、あらゆる角度から覗き込める模型は、空間を直感的に把握するために不可欠です。

3. 他分野から「盗む」──アナロジー(類推)の訓練

優れた建築家は、建築以外の分野にも深い造詣を持っています。音楽、映画、文学、哲学、生物学、数学…。一見関係のない分野にこそ、設計のブレークスルーを生むヒントが隠されています。

  • 構造やシステムを抽出する: 例えば、小説のプロット構造から空間のシークエンスを考えたり、細胞の構造から効率的なユニットの連結方法を発想したり。重要なのは、表面的な形ではなく、その背景にある「構造」や「システム」「関係性」を抽出し、建築の問題に置き換えてみることです。
  • 自分の「興味の地図」を広げる: 好奇心のアンテナを常に張り巡らせ、意識的に専門外の知識に触れる時間を作りましょう。美術館に行く、本を読む、ドキュメンタリーを観る。そのすべてが、あなたの設計の血肉となります。

4. 言葉で「定義」する──コンセプトを研ぎ澄ます訓練

「なんとなく良い感じ」では、設計は進みません。自分の設計の核となるコンセプトを、明確な言葉で定義する訓練は極めて重要です。

  • 一行で表現する: あなたの設計案を、建築を知らない人にでも伝わる「一行の言葉」で説明できますか?「光を集める家」「家族が緩やかにつながる住まい」「街に開かれた図書館」など、コンセプトを研ぎ澄ますことで、その後の設計判断(素材選び、窓の開け方、空間の配置)に一貫した軸が生まれます。
  • なぜその設計なのかを語る: クライアントや教授に「なぜこの形なのですか?」と問われたとき、よどみなく答えられるか。それは、あなた自身が設計の根拠を深く理解している証拠です。プレゼンのためだけでなく、自分自身を納得させるために、設計の理由を言語化する癖をつけましょう。

5. 「人」を徹底的に知る──共感と想像力の訓練

建築は、人のためにあります。設計が上手くなるには、人間の行動、心理、身体スケールを深く理解することが不可欠です。

  • 寸法を身体で覚える: 椅子の座面高450mm、テーブルの高さ700mm、ドアの幅800mm…。これらの基本的な寸法を、知識としてではなく、自分の身体感覚として覚えましょう。街中でメジャーを持ち歩き、気になったものの寸法を測る「フィールドワーク」は非常に有効です。
  • 他者になりきる: クライアント、その家族、施設の利用者…。設計中は、徹底的にその人になりきって空間をシミュレーションします。「子供の視点ならどう見えるか?」「車椅子の人ならどう移動するか?」「高齢者にとって使いやすいか?」この想像力が、ユニバーサルで心地よいデザインを生み出します。

6. スケールを自在に横断する──ミクロとマクロの往復訓練

優れた設計者は、思考のスケールを自在に操ります。

  • 都市計画 ⇔ 建築 ⇔ 家具 ⇔ ディテール: 都市の中での建物の配置を考える「マクロな視点」と、ドアノブの握り心地を考える「ミクロな視点」。この両極端を常に行き来する思考が重要です。良いディテールは建築全体のコンセプトを体現し、良い建築は都市の文脈を豊かにします。常に「部分」と「全体」の関係性を意識してください。

7. 法規・構造・設備を「味方」につける訓練

多くの学生や若手設計者が苦手意識を持つのが、法規や構造、設備といった技術的な側面です。しかし、これらは設計の「制約」ではなく、創造性を刺激する「きっかけ」と捉えるべきです。

  • 「なぜこのルールがあるのか?」を理解する: 法規は、人々の安全や健康、快適な都市環境を守るために先人たちが築き上げてきた知恵の結晶です。その背景にある目的を理解すれば、単なる制約ではなく、設計の拠り所として活用できます。
  • エンジニアと対話する: 構造設計者や設備設計者は、あなたのアイデアを実現するための最高のパートナーです。早い段階から対話を重ね、彼らの専門知識を借りることで、より合理的で、かつ独創的な設計が可能になります。

8. 自分の「好き」を分析する──作家性を育てる訓練

巨匠と呼ばれる建築家には、一貫した「作家性」があります。それは、自分の「好き」という感情を深く掘り下げ、分析し、設計哲学にまで昇華させた結果です。

  • 好きな建築・空間のスクラップブックを作る: 良いと思った建築の写真や図面を集め、「なぜ自分はこれが好きなのか?」を言葉で書き出してみましょう。「光の質」「素材の組み合わせ」「プロポーション」「外部との関係性」など、具体的な要素に分解して分析することで、あなたの無意識の価値観が可視化されます。
  • 自分の原体験を探る: 子供の頃に過ごした場所、心に残っている風景、感動した体験…。そうしたあなたの個人的な記憶の中に、作家性の源泉が眠っていることが多くあります。

9. 失敗を恐れず、フィードバックを糧にする訓練

設計に唯一の正解はありません。だからこそ、他者からの批評(フィードバック)は、自分一人では気づけない視点を与えてくれる最高の贈り物です。

  • 講評会・レビューを成長の機会と捉える: 自分の案を否定されると、人格まで否定されたように感じてしまうかもしれません。しかし、批評はあなたの作品に対するものであり、あなた自身への攻撃ではありません。感情的にならず、「なぜそう見えるのか?」「どうすれば改善できるのか?」と、客観的に意見を受け止める姿勢が成長を加速させます。
  • コンペに挑戦する: コンペは、自分の実力を試し、多様な評価軸に触れる絶好の機会です。結果がどうであれ、一つの課題に全力で取り組む経験そのものが、あなたを大きく成長させます。

10. 作り続ける、考え続ける──継続の訓練

最後に、最も重要で、最も困難な訓練です。それは、設計について考え、手を動かし続けることです。

建築設計の道は、短距離走ではありません。何十年も続くマラソンです。すぐに結果が出なくても、焦る必要はありません。今日紹介した1〜9の訓練を、日々の生活や仕事の中で意識し、地道に、しかし着実に積み重ねていくこと。その継続の先にしか、真の上達はありません。

おわりに

建築設計とは、単なる建物の形作りではありません。社会や人の営みを深く洞察し、より良い未来の環境を構想する、知的で創造的な営みです。

今回ご紹介した10の訓練は、そのための土台を作るためのものです。これらを実践し、自分なりの方法論を確立していくことで、あなたの設計は必ず深みを増し、他にはない輝きを放ち始めるはずです。

さあ、スケッチブックとペンを手に取りましょう。巨匠への道は、その一本の線から始まっています。

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