「暇な上司は仕事を増やす」という現象は、多くのビジネスパーソンが経験的に知る「あるある」ですが、この現象を分析し、その是非を議論します。
目次
なぜ「暇な上司」は仕事を増やすのか?
この現象は、主に以下の3つの要因が複雑に絡み合って発生します。
1. 心理学的要因:存在意義の証明と自己肯定感の維持
- 役割期待とアイデンティティの危機:
管理職は「組織を管理し、成果を出す」という役割を期待されています。しかし、部下が優秀で自律的に業務を進めている、あるいは自身の担当領域が安定期に入ると、上司は「自分の出番がない」と感じ始めます。これは、自身の存在価値が揺らぐ危機的な状況です。 - セルフ・ハンディキャッピングの変形:
人間は、失敗した時の言い訳をあらかじめ用意しておく「セルフ・ハンディキャッピング」という心理的防衛機制を持つことがあります。この変形として、「何もしないこと」への恐怖から、「何かをしている状態」を作り出すために仕事を生み出すのです。「忙しくしていれば、少なくとも怠けているとは思われない」という無意識の自己防衛が働きます。 - 認知的不協和の解消:
「自分は有能な管理職である」という自己認知と、「(暇で)何もしていない」という現実の間に矛盾(認知的不協和)が生じます。この不快感を解消するため、「新たな仕事(=管理職らしい行動)を生み出す」ことで、「やはり自分は有能だ」と自己認知を正当化しようとします。
2. 組織論的要因:権威の誇示とコントロール欲求
- マイクロマネジメントへの傾倒:
上司が自身の仕事(戦略立案、部門間調整など)を見つけられない場合、最も手軽に「管理」を実感できるのが、部下の業務への介入です。報告の頻度を上げる、資料の体裁に細かく口を出す、本来は部下に任せるべき意思決定に介入するなど、マイクロマネジメントがその典型です。これは、自身の権威と影響力を再確認するための行動と言えます。 - パーキンソンの法則の派生:
「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」というパーキンソンの法則(Wikipedia) は、上司の行動にも当てはまります。上司に「暇な時間」というリソースが与えられると、その時間を埋めるために新たな会議、報告書、プロジェクトが「発明」され、結果として組織全体の仕事量が増大します。 - 情報の非対称性と代理人問題:
上司は部下よりも多くの情報を持っている(あるいは持っているべき)とされています。しかし、現場の実務から離れると、その優位性は失われがちです。それを恐れる上司は、些末な情報まで吸い上げようと報告を増やさせます。これは、部下(代理人)が自分の知らないところで何か良くないことをしていないか、という不信感からくる監視行動の一環でもあります。
3. キャリア的要因:時代遅れのマネジメント観
- 「プレイヤーとしての成功体験」からの脱却不全:
特にプレイヤーとして優秀だった人が管理職になった場合、自分の手を動かして成果を出すことから離れられません。部下に任せるよりも自分でやった方が早い、あるいは自分のやり方を押し付けたいという欲求が、結果的に部下の仕事を増やしたり、やり直しをさせたりする原因となります。 - マネジメント=「指示を出すこと」という古い価値観:
現代のマネジメントは、部下の成長を支援し、自律的に動ける環境を整える「サーバント・リーダーシップ」や「コーチング」の重要性が増しています。しかし、「上司は指示を出し、進捗を管理するもの」という旧来の価値観に囚われていると、「指示を出す」という行為そのものを目的にしてしまい、本質的でない仕事を生み出しがちです。
この現象の「是」と「非」
一見すると「非」しかないように思えるこの現象ですが、多角的に評価することが重要です。
「非」:組織を蝕むデメリット
- 生産性の著しい低下:
部下は、本質的でない報告書作成や、上司の思いつきで発生した業務に時間を奪われ、本来注力すべきコア業務が疎かになります。組織全体の生産性は確実に低下します。 - 従業員エンゲージメントの低下と離職率の増加:
「この仕事に意味はあるのか?」という無力感は、従業員のモチベーションを著しく削ぎます。マイクロマネジメントは信頼されていない証と受け取られ、エンゲージメントの低下や優秀な人材の離職に直結します。 - イノベーションの阻害:
部下が不要な業務に忙殺されると、新しいアイデアを考えたり、試したりする時間的・精神的余裕が失われます。上意下達の文化が強まり、ボトムアップでの改善やイノベーションが生まれにくくなります。 - 上司自身の成長機会の損失:
目先の仕事作りに終始する上司は、本来行うべき中長期的な戦略思考、人材育成、自己のスキルアップといった、より高度なマネジメント業務から目を背けていることになります。結果的に、市場価値の低い管理職になってしまいます。
「是」:限定的なメリットや肯定的な解釈の可能性
この現象を無理に肯定する必要はありませんが、見方を変えれば以下のような側面も指摘できます。
- 業務プロセスの可視化・標準化のきっかけ:
上司が細かい報告を求める過程で、これまで属人化していた業務がマニュアル化されたり、非効率なプロセスが可視化されたりする可能性があります。ただし、これはあくまで副次的な効果に過ぎません。 - 組織の安定期における「揺さぶり」としての機能:
事業が安定し、組織に緩みが生まれている場合、上司が新たな課題設定(たとえそれが思いつきだとしても)をすることで、組織に良い意味での緊張感が生まれることもゼロではありません。マンネリの打破につながる可能性を秘めています。 - コミュニケーションの(意図せざる)増加:
仕事が増えることで、必然的に上司と部下の対話機会は増えます。そのやり取りの中で、部下が抱える別の問題が明らかになったり、キャリアに関する相談ができたりと、ポジティブなコミュニケーションに繋がるケースも稀にあります。
結論と対策
総合的に見れば、「暇な上司が仕事を増やす」現象は、組織にとって「非」が圧倒的に大きいと言わざるを得ません。生産性を下げ、従業員の意欲を削ぎ、イノベーションを阻害する、根の深い問題です。
この問題への対策は、個人と組織の両面から必要です。
- 上司個人へのアプローチ:
- マネジメント研修の実施: 現代の管理職に求められる役割(コーチング、エンパワーメント等)を学び、自身の価値観をアップデートする。
- 1on1ミーティングの質の向上: 部下の業務を「管理」するのではなく、キャリアや成長を「支援」する場として活用する。
- 自身の新たな役割の模索: 担当領域の未来を構想する、部門横断プロジェクトを企画するなど、より付加価値の高い仕事に目を向ける。
- 組織としてのアプローチ:
- 管理職の評価指標の見直し: 部下の成果だけでなく、「部下の成長支援」「エンゲージメント向上」などを評価項目に加え、管理職の行動変容を促す。
- 360度評価の導入: 部下からのフィードバックを上司に提供し、自身のマネジメントスタイルを客観的に見つめ直す機会を作る。
- 心理的安全性の確保: 部下が「その仕事は本当に必要ですか?」と健全な問題提起ができる組織風土を醸成する。
この現象は、単に「困った上司」の問題ではなく、その上司を生み出してしまっている組織の構造や文化、評価制度そのものに問題があるというシグナルなのです。このシグナルを正しく読み解き、適切な対策を講じることが、持続的に成長できる組織への鍵となるでしょう。