組織の中で「できる人」や「言い出しっぺ」に仕事が集中する現象は、多くの職場で日常的に見られます。新しい提案や難しい案件、重要なプロジェクト――気がつけば、いつも同じ人が引き受けている。
一見、効率的に見えるこの構図ですが、長期的には組織の健全性や持続的成長を損なうリスクを孕んでいます。本記事では、専門家の知見や国内外の事例を交えつつ、管理職や現場レベルでの具体的な対策まで考察します。
1. なぜ「できる人」や「言い出しっぺ」に仕事が集まるのか
この現象の背景には、個人の能力や積極性だけでなく、組織文化や構造的な問題が潜んでいます。
- 忖度や遠慮の文化
日本的な組織では、積極的な人に仕事が集まりやすく、他のメンバーは遠慮しがちです。 - 役割分担・評価制度の曖昧さ
貢献が正当に評価されない、責任の所在が不明確といった構造的な問題が、特定の人への業務集中を招きます。 - 「言い出しっぺルール」
新しい提案をした人が、そのまま実行責任を負う暗黙のルールが存在する場合も多いです。
2. 業務集中がもたらすリスク
短期的には成果が上がりやすいものの、長期的には以下のような深刻なリスクが生じます。
- 過重労働・バーンアウト
特定の人に負荷が集中し、燃え尽き症候群や離職のリスクが高まります。 - 属人化とノウハウの停滞
業務知識が特定個人に偏り、組織全体のスキルアップやナレッジ共有が進まなくなります。 - 他のメンバーの成長機会の喪失
できる人以外のメンバーがチャレンジする機会を失い、組織の底上げができません。 - 学習性無力感の蔓延
「どうせ○○さんがやるから」といった空気が広がり、他のメンバーの自発性が失われます。
3. 事例に学ぶ──国内外の取り組み
Google「プロジェクト・アリストテレス」
Googleは、チームの生産性を高める要因を調査した結果、特定の「できる人」への依存よりも、心理的安全性が高く、全員が発言・貢献できるチームの方が高い成果を上げることを発見しました。発言しやすい雰囲気や役割の明確化、定期的なフィードバックが、組織全体の創造性と生産性を押し上げています。
リクルートの360度評価(Wikipedia) とプロジェクト型組織
リクルートでは、360度評価やプロジェクトごとのチーム編成を導入し、仕事の属人化を防いでいます。若手にも積極的に責任ある仕事を割り振ることで、多様な人材が活躍できる環境を整えています。(参考リンク: ハーバードビジネスレビュー 「なぜリクルートはプロジェクト型のプロダクト体制を推進できたのか?」
Spotifyの「スクワッド」モデル
Spotifyは自律分散型のチーム(スクワッド)を導入し、各チームが独立して意思決定・実行できる体制を築きました。これにより、属人化や仕事の偏りが大幅に減少し、イノベーションのスピードも加速しています。(参考リンク: https://r3s.jp/ Spotify:世界的に有名な「Spotifyモデル」)
中小企業の失敗事例
一方で、創業者や古参社員に仕事が集中した地方の中小企業では、創業者の健康悪化や若手社員の離職、ノウハウの継承不足など、組織の持続性が大きく損なわれる事態に陥りました。
4. 管理職が取るべきアクション
1. 状況の可視化と事実把握
タスク管理ツールや1on1面談(Wikipedia) を活用し、言い出しっぺやできる人の業務量・負担を客観的に把握します。
2. 本人へのヒアリングと感謝の表明
「いつも率先して動いてくれてありがとう」と感謝を伝えた上で、業務量や困りごとを丁寧にヒアリングします。
3. 業務の棚卸しと優先順位付け
本人と一緒に業務をリストアップし、「本人がやるべき仕事」と「他のメンバーに任せられる仕事」を仕分けます。
4. 業務分担の見直しとチームへの働きかけ
役割や担当を再設定し、OJTやペアワークを導入。他のメンバーが新しい業務に挑戦できる機会を作ります。
5. 評価・報酬制度の見直し
プロアクティブな行動やチーム貢献を正当に評価する仕組みを検討します。
6. 長期的な組織づくり
心理的安全性の醸成や人材育成、業務ローテーションなど、特定の人に依存しない体制を目指します。
5. 現場レベルでの実践策
1. 業務の「見える化」
ホワイトボードやタスク管理ツールで、チーム全員の業務内容・進捗・負荷を可視化します。
2. 「お願いしやすい」雰囲気づくり
助け合いを促す声かけや、サポート役の明確化を徹底します。
3.ワークスタイルの再設計
ローテーションやペアワークを導入し、「言い出しっぺルール」を見直します。
4. メンバーの成長機会を意識的に作る
小さなタスクから任せ、OJTやフィードバックを強化します。
5. 本人へのケアとフォロー
定期的な1現状や悩みを聞き、感謝の言葉を忘れずに伝えます。
6. チーム全体へのメッセージ発信
「みんなで支え合う」文化を明示し、成功事例を積極的に共有します。
7. 必要なら上層部へ現状を報告・相談
現場だけで解決できない場合は、上司や人事部門に現状を報告し、増員や業務改善を相談します。
6. 実践へのヒント
1. 小さな変化から始める
いきなり組織全体を変えるのは難しいものです。まずは現場で業務の見える化や、助け合いの声かけ、サポート役の設定など、できることから一歩ずつ始めてみましょう。
2. 「ありがとう」を文化にする
率先して動く人への感謝を、日常的に言葉や行動で伝えることが、健全な分担と協力の第一歩です。
3. 成功体験を共有する
業務分担や助け合いがうまくいった事例を積極的に共有し、チーム全体の意識を高めていきましょう。
4. 管理職自身がロールモデルに
管理職が自ら業務分担や助け合いの姿勢を示すことで、現場の空気は大きく変わります。
7. 最後に: 業務の見える化・分担の仕組み化・助け合いの文化づくり
「できる人」や「言い出しっぺ」に仕事が集中する現象は、どの組織にも起こり得る普遍的な課題です。
組織の成長段階では一時的な強みとなることもあります。しかし、長期的には大きなリスクを孕んでいます。
管理職・現場が一体となって、業務の見える化・分担の仕組み化・助け合いの文化づくりを進めることが、組織の持続的な成長と健全性につながります。
「ありがとう」と「みんなでやろう」を合言葉に、持続可能で強い組織をともに築いていきましょう。
さらに理解を深めるための参考文献
- ピーター・ドラッカー『現代の経営』
個人依存から仕組みへの転換の重要性を説いた経営学の古典。 - ピーター・センゲ『学習する組織』
組織が自己変革し続けるための「学習する組織」理論を提唱。 - エイミー・エドモンドソン「心理的安全性」
チームの生産性向上には、心理的安全性が不可欠であることを実証。