「わかるよ、その気持ち」。
私たちはつい、誰かを励ますときにこの言葉を使いがちです。でも、心のどこかで「本当にわかっているのかな?」と感じたことはありませんか?
想像もできないような辛い経験をした人。
全く違う文化で育った人。
重い障害や病気と共に生きる人。
彼らの本当の痛みや感覚を、私たちは100%「わかる」ことができるのでしょうか。
実は、無理に「わかる(共感する)」ことだけが、人と繋がる唯一の方法ではありません。むしろ、その「わからなさ」を受け入れることから始まる、もっと深い繋がり方があるんです。
今回は、「共感」という言葉の呪縛から少し自由になって、多様な人々と本当の意味で繋がるための3つのヒントをご紹介します。
ヒント1:「感情」より「想像」。心で感じる共感から、頭で知る共感へ
相手の悲しみや喜びを、まるで自分のことのように感じることを「共感」と呼びますよね。これはとても素敵なことですが、時には自分も辛くなってしまったり、「どうしても気持ちがわからない…」と相手を遠ざけてしまったりする原因にもなります。
そこで、新しいアプローチを試してみませんか?
それは、「相手の気持ちになろう」とするのではなく、「相手の視点に立ってみよう」と考えることです。
- 「もし自分が彼(彼女)の立場だったら、どんな景色が見えるだろう?」
- 「どうして、あんな風に考えるようになったんだろう?」
- 「どんなルールや社会の中で生きてきたんだろう?」
これは、相手の感情を無理にコピーするのではなく、相手が見ている世界を頭で理解しようとする、知的な想像力です。
この方法なら、感情的に疲れすぎることなく、相手の世界を尊重しながら、冷静に「自分に何ができるか」を考えることができます。これを心理学では「知的共感」や「コンパッション(思いやり)」と呼びます。
試してみて!
ニュースで悲しい事件を見たとき、感情的に「かわいそう」で終わらせず、「この人はなぜ、こんな状況に追い込まれたんだろう?」と、その背景に少しだけ思いを巡らせてみてください。見え方が少し変わるかもしれません。
ヒント2:その人の「物語」の裏側にある「社会の仕組み」を見てみる
私たちは、感動的な個人のストーリーに心を動かされがちです。「困難を乗り越えたAさんの物語」は、私たちに勇気をくれます。
でも、そこで立ち止まってしまうのは、もったいないかもしれません。
なぜなら、その人の物語は、その人一人の力だけで作られたわけではないからです。その背景には、社会のルール、歴史、偏見といった、目に見えない「仕組み」が隠れています。
- 「なぜAさんは、そもそもそんな困難に立ち向かわなければならなかったの?」
- 「Aさんを助けてくれた制度は? 逆に、邪魔をした壁は?」
- 「同じような状況で、声も上げられずにいる人が他にもいるんじゃない?」
一人の物語を、社会全体の問題と繋げて考えてみること。
すると、「個人の頑張り」だけでは解決できない、もっと大きな課題が見えてきます。難しい統計データも、具体的な一人の物語と結びつくと、急にリアルな問題として感じられるようになります。
試してみて!
ドキュメンタリーやインタビュー記事を読むとき、「この話、素敵だな」で終わらせず、「この人が生きている社会って、どんな社会なんだろう?」と、少し引いた視点で考えてみましょう。
ヒント3:「わからない」から始めよう。あえて“わかったふり”をしない
最新のVR技術を使えば、車椅子の人の視点を体験したり、認知症の人の見る世界を疑似体験したりできます。でも、忘れてはいけないのは、それはあくまで「疑似体験」だということ。
こうした体験の一番大切な目的は、「これで相手のことがわかった!」と満足することではありません。
むしろ、「ここまでやっても、本当の辛さや日常のほんの一部しかわからないんだな」と、その“わからなさ”を痛感することにあります。
「わからない」という事実は、決してコミュニケーションの終わりではありません。
それは、「だから、もっとあなたのことを教えてほしい」という、敬意と好奇心のスタート地点です。
わかったふりをせず、「私には想像もつかないけど、もしよかったら聞かせてくれませんか?」と正直に伝えること。その謙虚な姿勢こそが、相手との間に本物の信頼を築く鍵になります。
試してみて!
自分とは全く違う経験をした人の話を聞くとき、「わかるよ」という言葉をぐっとこらえて、「そうなんだ」「もっと聞きたいな」という相槌に変えてみませんか。
おわりに:私たちは、わかりあえなくても繋がれる
無理に「共感」しようとしなくても、大丈夫。
相手の世界を想像力で知り、その物語の背景にある社会に目を向け、そして何より「自分は完全にはわからない」ということを受け入れる。
そのとき、私たちは「共感」という少し窮屈な関係を超えて、お互いを尊重し、支え合う「連帯」という、もっと自由で強い繋がりを手に入れることができるのかもしれません。
あなたの周りにいる、少しだけ「遠い」と感じるあの人。
まずは「わからない」から始めてみませんか? きっと、新しい世界が広がるはずです。
