みずたま村の正直な橋

むかしむかし、山と川にはさまれた「みずたま村」という小さな村がありました。村のはずれには木でできた古い橋が一本かかっていて、春になると花びらが川面をすべって流れていく、きれいな場所でした。

ところがその橋は、年をとってギシギシ鳴るようになり、重い荷車が通るたびに村人はヒヤヒヤしていました。

「このままじゃ、そのうち落ちるかもしれん」
「新しい橋を作らにゃならんねえ」

そう言っても、村は豊かではありません。橋を作るには、木材と石、そしてそれらを運ぶ力が要ります。みずたま村だけでは足りませんでした。

村長は考えて、隣の「かげの木村」と「ひなた村」に相談することにしました。どちらもこの橋を使う村なのです。

「交渉はうまくやらねば」と村長は言い、村でいちばん口が上手いと評判の男、ウソつきの名人と呼ばれる「つるべえ」を使いに出しました。

つるべえは胸を張って言いました。
「まかせときな。相手の心をくすぐって、うまいこと引き出してくるわい」


まず、つるべえは かげの木村へ行きました。

「いやあ、みずたま村の橋は、もうほとんどできてるようなもんでさ」と、つるべえは大げさに笑いました。
「足りないのは、ちょっとした木材だけ。そちらで少し出してくれりゃ、名誉にもなりますよ」

かげの木村の村人たちは顔を見合わせました。
「ほとんどできてるのに、なんでうちが出すんだい?」
「名誉って言われてもねえ。どれだけ足りないのか、ほんとのところが分からん」

疑いの目が増えて、しまいにはこう言われました。
「その話、まず村長を連れてきな。信用できん」

つるべえは気まずくなって、逃げるように次の ひなた村へ向かいました。

ひなた村には働き者が多く、工事も得意な村です。つるべえはまた調子よく言いました。
「かげの木村は、石をたっぷり出すって言ってましたぜ。そちらは人手だけ、ちょいと頼めば十分で」

すると、ひなた村の大工が腕を組みました。
「石をたっぷり? あの村が? ほんとかい」
「もし嘘なら、うちは一人も出さないよ。人手は一番たいせつだからね」

つるべえの話は、どこか軽く、足元がふわふわしていました。結局、どちらの村からも「まずは本当のことを言え」と追い返されてしまったのです。


困り果てた村長は、今度は別の人を行かせました。

それは、村でいちばん正直で、いちばん遠慮深い娘、「さよ」でした。さよは口が上手いわけではありません。でも、決して嘘をつかない娘でした。

「わたしでいいの?」と、さよは心配そうに言いました。
村長はうなずきました。
「うまく言おうとするより、ほんとのことをきちんと伝えてくれ。できることも、できないことも」

さよは小さな包みを持って出かけました。中身は、橋の板の割れた欠片と、村で作った簡単な見取り図でした。


まず、かげの木村へ。

さよは深く頭を下げて切り出しました。
「橋が古くて、危ないのです。ほんとうは村だけで直したいけれど、木材もお金も足りません」

村人がじっと見つめる中、さよは続けました。

「今ある木は、これだけです。足りないのは、太い梁(はり)になる木が十本と、たくさんの板。それと、運ぶための牛が二頭くらい借りられたら助かります」
さよは正直に、見取り図を広げ、割れた欠片を見せました。

誰かが言いました。
「へえ……これは、たしかに危ないな」

さよは付け足しました。
「お願いばかりでは申し訳ないので、みずたま村は代わりに、秋の終わりに採れる栗を三俵、それと川魚を干したものを毎年少しずつお礼にします。もし多すぎるなら言ってください。わたしたちの出せる精いっぱいです」

かげの木村の年寄りが、目を細めました。
「正直だな。話が分かりやすい」
そして村の人たちに向かって言いました。
「梁の木なら、うちの山にある。十本は出せる。運ぶ牛も一頭なら貸せるぞ」

さよは、うれしくてまた深く頭を下げました。
「ありがとうございます。牛が一頭でも、工夫して運びます」


次に、ひなた村へ。

さよは同じように、割れた欠片と見取り図を見せて言いました。
「かげの木村が梁の木を出してくれます。だから、今いちばん困っているのは、石を運ぶ人手と、橋脚(きょうきゃく)に使う石なのです」

ひなた村の大工は、さよの目を見て言いました。
「ほんとに危ないなら、早く直さなきゃな」

さよはうなずきました。
「はい。もし橋が落ちたら、川向こうのお年寄りが病院に行けなくなるんです。わたしも、それがいちばん怖くて」

その言葉を聞くと、ひなた村の人たちは相談し始めました。
「よし、人手を十人出そう」
「石も、川原から運べる分は手伝おう」

さよはホッとして言いました。
「ありがとうございます。でも、うちの村だけが得をする形にはしたくありません。橋は三つの村が使います。完成したら、橋のたもとに三つの村の名前を書いた小さな札を立てませんか。みんなの橋だと分かるように」

ひなた村の大工がニカっと笑いました。
「いいな。そうしよう」


こうして、三つの村は力を合わせ、春の終わりには立派な新しい橋が完成しました。橋は丈夫で、踏むとコトコトと気持ちよい音がしました。

完成の日、つるべえは橋を見ながら、腕を組んでぶつぶつ言いました。
「口のうまさじゃ、負けるはずがないのに……」

村長が答えました。
「口のうまさで動くのは、相手の心じゃなくて、相手の『疑い』かもしれん。さよは、足りないものも、できるお礼も、全部さらけ出した。だから相手も安心して、出せるものを出せたんだ」

そのとき、さよが橋の上でみんなにお茶を配っていました。
「かげの木村さん、ひなた村さん、ほんとうにありがとうございました。これ、うちの村の栗もちです。たくさんじゃないけど、よかったら」

ひなた村の大工が言いました。
「こういうのが一番うれしいな。無理のない、正直なお礼だ」

かげの木村の年寄りも、うなずきました。
「正直に話すと、こちらも正直に返せる。交渉ってのは、勝ち負けじゃないんだな」

つるべえは頭をかき、照れくさそうに言いました。
「……わしも、今度からは、はじめにほんとのことを言うことにするかのう」

三つの村の名を書いた札が、橋のたもとで風に揺れました。
川の水はキラキラ光り、春の花びらが、あたらしい橋の下をすべって流れていきました。

それからというもの、みずたま村では、何か頼みごとがあると、まず「足りないもの」と「出せるもの」を紙に書いてから、相手に会いに行くようになったそうです。

正直で、オープンであることが、いちばん確かな交渉の道しるべ――
みずたま村の新しい橋は、そう教えてくれる橋になりました。

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