「建築家や都市計画家がいなくなったら、街はもっと良くなるの?」— 街づくりのプロの、本当の役割

「自分好みのデザインを優先しすぎて、使いやすさや周りの環境を考えない建物を作ってしまった建築家がいる」「地域の歴史や人々の暮らしに合わない、どれも同じような街づくりを進めてしまう専門家がいる」

街や建物に問題があると、よく建築家や都市計画家といった専門家のやり方が批判されることがあります。それを受けて、「一部の専門家が上から決めるやり方をやめて、市場の動きや使う人の意見だけで街を作れば、もっと良くなるんじゃないか」という声を聞くこともあります。

でも、街づくりの仕組みを客観的に見てみると、専門家をその場から外したとしても、必ずしも「良い建物や街」ができるわけではないことがわかります。

この記事では、建物や街がどう作られるのか、専門家がいない場合にどうなるのかを考えながら、彼らが本当に果たすべき役割について見ていきます。


1. 街を作る「3つの力」と、調整役がいないリスク

建物や街といった空間は、主に次の3つの強い「力」がバランスを取り合って成り立っています。

  • 経済的な力(儲けやすさ・投資としての効率)
  • 技術的な力(安全性・機能性)
  • 個人の権利の力(自分の土地を自由に使える権利・個別の要望)

建築家や都市計画家といった専門家は、本来、この3つの力のバランスを取りながら、そこに「美しさ」や「みんなの利益」「環境への優しさ」といった、もっと長い目で見た社会的な価値を加えていく役割を担っています。

もし、このような調整役がいなくなり、3つの力がそれぞれ自分たちの利益だけを追求した場合、街はどうなってしまうでしょうか。考えられる3つのパターンを見ていきましょう。

① 【お金儲けが最優先になった場合】どれも同じような、面白みのない街が広がる

空間がただの「投資の道具」や「消費されるもの」としてしか見られなくなるパターンです。儲けを最大にするためには、工事期間や費用をギリギリまで削ろうとします。その結果、地域の雰囲気や歴史を大切にしたデザイン、あるいは直接的な利益を生まない歩道の余白や広場などは無駄とみなされ、街は工場製品のように同じような景色ばかりになってしまうでしょう。

② 【機能性ばかりを追い求めすぎた場合】人の心に響かない、人間味のない空間

建物の頑丈さや設備の効率だけを一番に考えるパターンです。確かに、壊れにくく丈夫な建物はできます。しかし、「光が動く美しさ」や「風の通り道」「人が自然と集まってくるような居心地の良さ」といった、人の気持ちや感覚に大切な部分が後回しにされてしまい、機能的だけど、人の暮らしを豊かにしてくれない空間になってしまう心配があります。

③ 【みんなが自分勝手にやり続けた場合】街全体の計画がなくなり、発展が止まる

市場の動きや、個人が自分の土地を自由に使うことだけに任せてしまうパターンです。みんなが自分の土地で自分の利益ばかりを追い求め続けると、街全体の見た目のバランスや、道路などのインフラの効率が悪くなります(街がバラバラに広がる「スプロール化」)。また、今ある環境をそのままにしてほしいという、極端な地域の意見がぶつかり合うと、必要な街の機能が新しくならず、次の世代が必要とするものにも応えられない、動きの止まった街になってしまう危険性があります。


2. 街づくりの裏にある「根本的な問題」

このように見ていくと、私たちが直面する「望ましくない建物や街」の問題は、必ずしも特定の専門家がいるから起こる問題ではないことがわかります。

厳しい予算や短い工期、最大限の利益を求める経済的な要求、いろいろな人の意見や利害が対立すること、そして最低限のことしか決めない法律。これらが複雑に絡み合って、その結果として、街の質が損なわれるケースが少なくありません。

現場の建築家や都市計画家は、これらの巨大で複雑な条件の中で、限られた資源で一番良い妥協点を探そうとする立場にいます。目に見える結果だけを見て専門家の仕事そのものを否定することは、根本にある「経済性や権利のバランス」という構造的な問題から目をそらすことにもなりかねません。


3. プロとして「本当に果たすべき役割」をもう一度考える

これらのことを踏まえると、建築家や都市計画家の本当の存在意義がはっきり見えてきます。彼らに求められるのは、ただデザインの優れた図面を描くだけではありません。

本当に優れたプロフェッショナルとは、「意見の違う様々な条件を高いレベルでまとめあげ、社会全体の価値を守る『調整役』」としての役割を果たします。

  • 短期間での利益を重視する事業者に対して、公共のスペースをきちんと設けることが、結果としてその土地の長い目で見た価値を高めることを、きちんと説明する。
  • 個人の利益がぶつかり合う場で、客観的な目線と専門的な知識を使って、みんなが納得できる結論を導き出す「まとめ役」になる。
  • 「数十年後の次の世代」という、まだ声を出せない人たちの利益を考え、歴史や文化を次の時代へ引き継いでいく。

彼らの仕事が十分に機能しない社会では、街の空間は、お金儲けの考え方や、バラバラの最適化に対して非常に弱くなってしまいます。


結論:表面的な批判を超えて、もっと建設的に話し合おう

「建築家や都市計画家がいなくなったら、街は良くなるのか」

この問いに対する答えは、「ノー」です。専門家という特定の役割の人を排除しても、街を取り巻く根本的な問題は何も解決されません。

私たちに必要なのは、目に見える結果だけを批判するだけではいけません。「なぜそうなったのか」という複雑な背景を理解し、もっと良い空間を作るにはどうしたらいいか、社会全体で話し合っていくことです。

私たち一人ひとりの市民が「良い街の空間とは何か」という考えを深め、建築家や都市計画家という専門家を「社会みんなの財産」としてきちんと捉え、彼らがその専門的な力を最大限に発揮できるような環境を整えていくこと。それこそが、美しく豊かな街を次の世代へとつなぐための、一番確実な方法ではないでしょうか。

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